東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)170号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第三号証(本願明細書)によると、本願考案は、「歯下部構造に上部構造を定着させるために使用される歯補強ピンに関する」(本願明細書第二頁第一行ないし第二行)ものであり、「歯補強ピンがその挿入中にねじドライバからはずれて、患者の口内へ落ち、万一のみ込むようなことがあると由々しい結果を惹起する危険を孕んで」(同第二頁第一九行ないし第三頁第二行)おり、「挿入処置がきわめて厄介であ」(同第三頁第六行ないし第七行)り、また、「歯補強ピンを別個のチヤツクと結合し次いで該チヤツク自体を歯科用ハンドピースに配置してねじ部分を機械的に挿入する」公知のものでも、「チヤツクと歯補強ピンとがフランジとスロツトによつて連結されているため、挿入中に患者の口内に歯補強ピンが落下するという同じ危険が惹起され、しかもこのような挿入処置は著しく時間がかかる」(同第三頁第八行ないし第一六行)という欠点を除くことを目的としたものであることが認められる。
2 原告は、本願考案では、一体成形された歯補強ピンを消費材として、歯科用ハンドピースに直接嵌合して使用するという技術的思想が存するのに対し、引用例1、2に記載のものにおいては、歯補強ピンを消費材として、歯科用ハンドピースに直接嵌合して使用するという技術的思想は存しないのであつて、本願考案と引用例1、2に記載のものとでは、根本的に技術的思想を異にする旨主張する。
そこでこの点についてみるに、まず、本願考案の歯補強ピンが消費材であることについて被告は明らかに争わないので、この事実を自白したものとみなすべきである。しかし、引用例1に、歯下部構造内に形成された孔に自動的にねじ立てを行いつつ挿入するためのねじ部分と、剪断分離のための弱化部を設けた歯補強ピン(アンカー)が記載されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一一号証(引用例1)によると、引用例1記載のものは、歯科医術において、破損した歯や土台の損傷した歯に上部加工物を設けるための装置に関するもので、この上部加工物を設けるために不可欠のものとしてアンカーが用いられるのであり(第一頁左下欄第一八行ないし右下欄第一行、第二頁右上欄第一四行ないし第一六行)、アンカー・ロツド36には、「アンカーの頭部42と一個の本体部分38の間には破れ目の溝39が設けられ、アンカーの頭部42を本体部分38から(「を」とあるのは「から」の誤記と認める。)容易に分離させるためである。同様の破れ目の溝41が本体部分38を他の本体部分38から分離しやすいように設けられている。」(第二頁右上欄末行ないし左下欄第五行)、アンカー・ロツド36を歯の孔28、28……に挿入する場合、まず、「下方の本体38は孔28(中略)にねじ込まれる。」(第二頁右下欄第七、第八行、第一五、第一六行)、「そこで、頭部42にもう少し時計方向の回転を与えるとねじ込んだ本体38は頭部42に近い本体38から分離することになる。」(第三頁左上欄第五行ないし第八行)、「残つた本体38は他の孔28に直ぐ挿入することが可能である。」(第三頁左上欄第一七行ないし第一九行)(別紙図面(二)参照)という記載があることが認められ、右争いのない事実及び右記載によると、引用例1記載のものの歯のアンカーにおいて、本来の消費材である本体部分38、38が順次歯にねじ込まれた後、弱化部(破れ目の溝39)の所でアンカーの頭部42及びこれを設けた案内部分49が剪断分離されることが明らかであり、このアンカーの頭部42及び案内部分49は使用されると使い捨てられる。そうすると、引用例1記載のものの歯のアンカーも、全体が消費材であるというべきである。そして、引用例1記載のものの案内部分49、アンカーの頭部42がそれぞれ本願考案の連結部分11、シヤンク12に相当し、引用例1記載のものにおいては案内部分49、アンカーの頭部42により中間アダプターであるつかみ取付装置50を介して歯科用ハンドピースに歯のアンカー本体を連結させるものであることは後述のとおりであるから、本願考案と引用例1記載のものとの間において、原告主張のような技術的思想の相違があるものということはできない。引用例1記載のものにおいて、アンカーの頭部42が歯科用ハンドピースに直接連結されず、つかみ取付装置50を介在させることは右判断を左右するものではない。
また、成立に争いのない甲第一二号証(引用例2)によると、引用例2には、歯科用ハンドピースにおいて「常時発条(9)ニヨリ脱鉤筒(10)ヲ圧シテ鉤頭部(e)ト『ポイント』(2)ノ溝(a)トヲ嵌合セシメテ『ポイント』ノ脱落ヲ防止ス」(第二頁第五行ないし第六行)、「保持筒(1)ノ嵌挿部ノ突起(c)ト『ポイント』(2)ノ缺切平面部(b)トカ平面接触ヲナシ空転スルコトナク『ポイント』(2)ヲ廻転セシム」(同頁第六行ないし第七行)(別紙図面(三)参照)という記載があることが認められ、右記載によれば、引用例2記載のものは、「ポイント」(2)の端部に回転力伝達のための断面欠円状の扁平面取り部と落下防止のための部分環状溝を設け、この「ポイント」(2)を直接嵌合・ロツクする歯科用ハンドピースに関するものということができる。
そうすると、本願考案と引用例2記載のものは、共に歯科医が歯の治療のために使用する物に関するもので、かつ歯科用ハンドピースに直接嵌合して使用するという同一の技術的思想を有するものであるから、引用例2記載のものの「ポイント」(2)は消費材ということはできないものの、引用例1記載のものに引用例2記載のものの構成を適用すること(このことは後記4において判示する。)は可能であるというべきである。
3 次に、原告は、本願考案においては連結部分11を有しているのに対し、引用例1記載のものは連結部分を有しないのに、審決は、引用例1記載のものは連結部分を有するものと誤認し、本願考案と引用例1記載のものとの間の構成上の相違点を看過、誤認した旨主張する。
そこでこの点について判断するに、まず前判示の本願考案の要旨において明らかなとおり本願考案の歯補強ピンにおいては、連結部分11を有している。他方、前掲甲第一一号証(引用例1)のFig. 6及びFig. 7(本判決別紙図面(二))によると、引用例1記載のもののアンカー・ロツド36において、二個のねじ部分(アンカー・ロツド36を構成する本体部分38、38)は、案内部分49と一体成形され、ねじ部分と案内部分49との間に剪断分離のための弱化部(破れ目の溝39)が設けられ、また、案内部分49の他端側にアンカーの頭部42が設けられている構造となつていることが認められる。
そして、前判示の本願考案の要旨からすると、本願考案の連結部分11は歯科用ハンドピースに滑り嵌合可能なシヤンク12を有することにょつて歯科用ハンドピースに装着されるものであり、また、前掲甲第一一号証によると、引用例1に「第8図(本判決別紙図面(二)のFig. 8)に示すように、つかみ取付装置50は本体52を有し、それの一端には使用工具(図示しない)と連結される構造になつている。その他端には横に隙間をもつた突出片58を二個備える。これはアンカー・ロツド36の頭部42を受けるようにできている。」(第二頁左下欄第一七行ないし右上欄第二行)、「アンカー・ロツド36の頭部42は突出片58の間に十分深く挿入される。」(第二頁右下欄第八、第九行)と記載されていることが認められ、右記載によれば引用例1記載のものにおいては、アンカーの頭部42が、突出片58の間に十分深く挿入された上、使用工具(歯科用ハンドピースに相当するものと解される。)と連結されるつかみ取付装置50に受け止められるのである。
以上によれば、引用例1記載のものにおける案内部分49、すなわち二個のねじ部分と一体形成され、ねじ部分との間に剪断分離のための弱化部を設け、他端側につかみ取付装置50に受け止められる頭部42を設けた案内部分49は、本願考案の連結部分11に相当するものというべきである。なるほど、引用例1記載のものの案内部分49は、本願考案の連結部分11のようにそれ自体歯科用ハンドピースに滑り嵌合するものではなく、中間アダプターであるつかみ取付装置50を介して歯科用ハンドピースに装着されるものであつて、歯科用ハンドピースヘの装着の技術構成の点において本願考案の連結部分11と異なるが、ねじ部分を歯科用ハンドピースに連結する作用の点からみると、引用例1記載のものの案内部分49は、その他端側に本願考案のシヤンク12と共通の機能を有するアンカーの頭部42を設けることにより本願考案の連結部分11と同様の作用を営むものであるから、右連結部分11に相当するものということができる。
してみると、審決が、引用例1記載のものが連結部分を有するものであるとして、本願考案の連結部分11と同じ用語で表現したのは適切でなかつたものといわなければならないが、引用例1記載のものの案内部分49が本願考案の連結部分11に相当するとみるべきものである以上、引用例1記載のものが「連結部分」を有するとした審決の認定は誤りとすることはできない。原告の前記主張は採用できない。
4 原告は、審決が本願考案と引用例2に記載のものとを対比して、引用例2にも「缺切平面部と溝を設けポイントの脱落を防止する嵌合構造が記載されている」と認定した点につき、引用例2における「ポイント」(2)は、工具として半永久的に反復使用されるものであるのに対し、本願考案の歯補強ピンは歯下部構造の孔に挿入されて一回ごとに使用し尽くされる消費材であり、引用例2には、本願考案の歯補強ピンのごとき消費材を歯科用ハンドピースに着持する構成は全く開示されていず、本願考案と引用例2に記載のものとの間には、定型的な嵌合構造を採用したこと以上の技術的近接性を有するものではない旨主張する。
しかしながら、審決においては、本願考案と引用例1記載のものとの相違点についての判断をするに当たり、「引用例2にもハンドピースにポイントを着持させるためにポイントの一端部に缺切平面部と溝を設けポイントの脱落を防止する嵌合構造が記載されている」(引用例にこの記載があることは当事者間に争いがない。)との点を認定した上、引用例1記載のものにおけるアンカー(歯補強ピン)に引用例2記載のものの嵌合構造を適用する程度のことは当業者にとつて格別の創意を要せず実施し得るものとしたのである。審決は、引用例2に本願考案の歯補強ピンのごとき消費材を歯科用ハンドピースに着持する構成が開示されていると説示した趣旨でないことは明らかであるから、審決には原告主張のような相違点の看過、誤認はないというべきである。
なお、引用例1記載のものの歯のアンカーも、消費材であるというべきであつて、消費材たる歯補強ピンをハンドピースに着持するという技術的思想は、中間アダプターであるつかみ取付装置50を介してではあるが、引用例1自体に開示されているということができることは前判示のとおりである。そして、本願考案と引用例2記載のものが、共に歯科医が歯の治療のために使用する物に関するもので、かつ歯科用ハンドピースに直接嵌合して使用するという同一の技術的思想を有するものであることも前判示のとおりであるから、引用例1記載のものにおけるアンカー(歯補強ピン)に引用例2に記載の嵌合構造の技術手段を適用して(すなわち、引用例1記載のもののアンカーの頭部42及びつかみ取付装置50に代えて引用例記載の「ポイント」(2)の嵌合構造を採択して)歯科用ハンドピースに直接嵌合・ロツクする構造のものとすることには、格別の困難性を認めることはできないというべきである。
5 原告主張の本願考案の奏する作用効果について判断する。
(一) 原告主張の(一)の作用効果について
前掲甲第三号証によると、本願明細書の第九頁第一行ないし第五行に、本願考案における「歯補強ピンが使用上きわめて安全であり、しかも前記ピンが挿入中にハンドピースに確実にロツクされ、従つて患者の口内にピンが落下する危険が生じることがなくなるのは明らかである。」と記載されていることが認められ、本願考案のこの作用効果が、引用例1記載のものに比べて勝ることについては当事者間に争いがないが、前判示のとおり、引用例2には、ハンドピースに「ポイント」(2)を着持させるために、「ポイント」(2)の一端部に缺切平面部(b)と溝(a)を設け「ポイント」(2)の脱落を防止する手段としての嵌合構造が記載されているのであるから、引用例1記載のもののアンカー(歯補強ピン)に右技術手段を適用して歯科用ハンドピースに直接嵌合・ロツクする構造のものとすることにより本願考案の右作用効果を奏することになるというべきであるから、右作用効果は、顕著なものということはできない。
(二) 原告主張の(二)の作用効果について
まず衛生面についてみると、引用例1記載のもののアンカー(歯補強ピン)は、本願考案の歯補強ピンと同様、歯に形成された孔に挿入する目的で使用されるものであること前判示のとおりであり、引用例1記載のもののアンカー(歯補強ピン)においても、その使用に際してアンカー本体ではなくその頭部42を把持して衛生上の清潔性を確保することは、通常随意に行うところである。
また、操作性についてみるに、本願考案が、引用例1記載のものと対比して操作性が勝ることについては当事者間に争いがないが、前掲甲第一二号証によると、引用例2においては、歯科用ハンドピースに着持するときにピンセツトなどの工具の使用を要さずに指先で直接把持する「ポイント」(2)の構成が記載されていることが自明である(なお、別紙図面(三)の第四図参照)から、引用例1記載のものもののアンカー(歯補強ピン)に引用例2に記載の嵌合構造の技術手段を適用すると、本願考案と同様の作用効果を奏することが明らかである。
したがつて、原告主張の(二)の作用効果も、顕著なものということはできない。
(三) 原告主張の(三)の作用効果について
歯補強ピンを歯科用ハンドピースに取り付ける動作の簡便性についてみるに、本願考案が、引用例1記載のものに対比して勝ることについては当事者間に争いがないが、前に判示したところによると、「ポイント」(2)を一動作で歯科用ハンドピースに直接嵌合・ロツクする構成が引用例2に記載されているものというべきであるから、引用例1記載のものにおけるアンカー(歯補強ピン)に引用例2に記載の嵌合構造の技術手段を適用すると、本願考案と同様の作用効果を奏するものということができる。
したがつて、原告主張の(三)の作用効果も、顕著なものと認めることはできない。
6 以上判示したところによると、本願考案は、引用例1及び引用例2にそれぞれ記載された技術内容から当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、その進歩性を否定した審決の判断に違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註その一〕本願考案の要旨は左のとおりである。
歯下部構造内に形成された孔に自動的にねじ立てを行ないつつ挿入するためのねじ部分(10)と、該ねじ部分に一体成形された連結部分(11)とを有する歯補強ピンにおいて、前記連結部分(11)が歯科用ハンドピースに滑り嵌合可能なシヤンク(12)を有し、かつ、前記ねじ部分(10)と連結部分(11)との間には、前記ねじ部分(10)から連結部分(11)を剪断・分離させる弱化部(16)が設けられており、かつ前記シヤンク(12)の自由端部が、ハンドピースに対するシヤンクの相対回動を防止する断面欠円状の扁平面取り部13と、ハンドピースからの歯補強ピンの抜け落ちを防止する部分環状溝(14)とを有していることを特徴とする歯補強ピン。
(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面 (一)
<省略>